ミナ沢田 投稿
2月11日(金)、完成プレミアム試写会なるものに行ってきました。in秋田県大館市。
これは映画製作に協力した人たちを招待するもので、私は去年8月7日にこの映画にエキストラで参加していました。ただ、自分は渋江さん目当てで駆けつけただけの言わばミーハーなご身分ですからまさか試写会に招待してもらえるなんてこれっぽっちも思ってませんでした。しかも「舞台挨拶あり」って・・・。いやはやなんてありがたいことでしょうか。
ここで気になったのはやっぱり「舞台挨拶って一体誰が来るの?」ってこと。監督と主演の入山法子さんの登壇は確実として、招待状には誰が来るかまでは書いてないし、渋江さんの公の情報にもハナばあちゃん舞台挨拶という予定は見当たりません。
しかし救いの女神がいらっしゃいました。おおだて映像計画(「ハナばあちゃん」を製作した団体)の畠山さん。この方にはエキストラ登録の時からエキストラ終了後もチケットのことや駐車場のことなどメールで教えていただき何かとお世話になっていて、そのやりとりの中で思いがけず、「当日(試写会の日)は渋江くんが来ますよ」と知らせていただのです。その時の感激といったらありません。が、反面「本当に、渋江さんがわざわざ秋田の大館までやってきてくれるのだろうか?」という疑いの気持ちも僅かながらですが私の中でずっと拭えないでいました。
けれども試写会当日。
渋江さんの日記に
「今日は秋田で映画・ハナばあちゃんの舞台挨拶です。去年の夏以来の秋田!」
という文言が踊っているのを確認!その時にやっと「渋江さんは今日、秋田に来る!」と100%確信することができました。
試写会当日。
13:30 会場
さすがに前回のようにお話してサイン貰って写真撮って・・・♪なんて上手いこといくわけないので(てゆーか近付くことすらできないだろう)、渋江さん宛てに用意したプレゼントとお手紙は受付にいらっしゃった畠山さんに託しました。(もちろん、畠山さんにも感謝の差し入れ♪)
14:30 開会
上映前20分くらいがセレモニーで秋田県知事やら大館市長のご挨拶がありましたが、おいらは岩手県民なのでどっちも知りません。
そうそうこの日の客層なんだけど、年配の方がほとんどであとは子連れ主婦がちらほらといった感じ。私と同じでエキストラで出たって人が多かったみたい。集まったのは1200席ある会場の半分がやっと埋まるくらいの人数で、これだったら一般のお客さんも入れて良かったんじゃないかって思いました。
試写会に来た客の中で渋江さんが来るってあらかじめ分かっていた人は・・・いたのかなあ?だってエキストラでご一緒だった渋江好きのお姉さんもこの日私が教えるまで知らなかったくらいなんですよ。(と思ってたらハナばあちゃん公式ツイッタで告知されてたみたいですね。そんなん見てないよ・・・)何人招待して何人来たのか知りませんが、もちょっと大々的に登壇者を告知していればもっとお客呼べたんじゃないかしら・・・?
17:00 舞台挨拶
杉村監督、入山法子さん、渋江譲二さんの3名がステージに登場。
私は双眼鏡スタンバイ!(爆)
・・・と、んんっ?アレ?ちょっと待って??周囲を見回すとみんな写メ撮りまくってるじゃん!司会者からのお咎めもナシ!!ええっ!?撮っちゃっていいんかい!!ということで私も便乗、デジカメスタンバイ。でも渋江さんをじっくり見たいってのもあるので撮影はご主人にお任せすることにして、私はやっぱり双眼鏡でじっくり眺めることに。(←かなり浮いてただろうなア・・・)渋江さんは黒いズボンに黒のジャケット、白いシャツにグレー系のベストというかっちりめだけど大人カジュアル、みたいな出で立ちでした。(後日写真から解析できた他の小物・・・胸元に濃紺のハンカチ、ズボンに白ベルト、右手薬指に指輪、左手首に茶色っぽい石のブレスレット)相変わらず実物はテレビよりさらに細い!薄い!顔小っさい。
写真載せてもいいのかな?えーい載せちゃえ。
(上手い具合にお顔を撮れたショットがないので服装だけ参考にしてね。ごめんなさい)
下手側から杉村和彦監督、入山法子さん、渋江さん
以下、舞台挨拶での渋江さんのコメントを(思い出せる範囲で)レポートします。
※監督と入山法子さんのコメントは割愛させていただきます。というか渋江さんのしか聞いてませんでした(ひどい)
司会:「まずは皆さまから一言お願いします。それでは・・・渋江さんから、お願いします」
渋 江:「え、僕からですか!僕からだとは思ってませんでした(苦笑)・・・えー、ハナばあちゃんで所一志役をやらせていただきました、渋江譲二です。所は秋 田の外からやってきた人で、視聴者目線から大館を見ている役なのですが、自分もこの撮影で初めて大館に来てそういう意味では自然な気持ちを演じられたん じゃないかと思います」
(中略)
司会:「(会場に向かって)さあ大館のみなさん、今日この映画を見てこちらの、渋江譲二さん、覚えましたね?なんだか今日も早速ファンの方からプレゼントを貰っていたようですが・・・(笑)」
↑わわ!それ、わたしわたし!ちゃんと渋江さんの手に渡ったのねヨカッタヨカッタ・・・
司会:「ところで渋江さんにお聞きしたいのですが、渋江さん、大館にいらっしゃって、この大館の女性たちにどういった印象をお持ちになりましたか?」
渋江:「女性・・・ですか?」
司会:「大館にいらっしゃって地元の女性たちと接する機会が何度かおありだったと思うんですよ。それで、私も同じ女性としてぜひ渋江さんに聞いてみたいなと、急きょ思いましてご質問させていただきましたが」
渋江:「えー、そんな段取り打ち合わせになかったじゃないですかあ・・・!(ちょい拗ね気味で)」
司会:「すみません、そうなんですけどね。やっぱり急に聞かれても困っちゃうかな?どうでしょうか?」
渋江:「うーん、そうですねえ・・・。ちょっと、あの・・・(本当に困っている様子でしどろもどろ)」
司会:「・・・ハイ、ごめんなさい!私も年上の女性として渋江君をちょっといじめてみたくなっちゃったんです。困らせちゃいましたねー。すみませんでした!」
な あんだ、司会者さんも人が悪いや・・・じゃなくて渋江譲二よ!ここはたとえお世辞でも心になかったとしても「そうですね、大館の女性はあたたかくて笑顔が 素敵で、やっぱりお肌が綺麗ですね!(秋田だけに)」くらいのことは答えるべきところだろうが、ばかー!!ま、何にしても壇上の渋江さんは終始かなり緊張 しているように見えたので、そんなリップサービスかます余裕ないくらいテンパってたんでしょう・・・。あーあ、こんな調子でこれから控えている主演映画の 舞台挨拶は大丈夫なんだろうか?おかーさんは心配で夜も眠れません。
(中略)
司会:「それでは渋江さんにお伺いしたいと思います。渋江さんは、今後の俳優人生どのように歩んでいきたいと思っていますか?またどんな目標をお持ちですか?」
渋江:「俳優人生、ですか・・・。なんだか大きいですね(苦笑)僕はこれまでテレビドラマの仕事が多くて映画に携わる機会があまりなかったんですが、これからはこういった映画の仕事にもたくさん関わっていけるようにがんばっていきたいと思っています」
ここは段取り通り答えられたみたいね・・・ホッ。
そのあと監督、入山さん、渋江さんに花束の贈呈があり、そのあとテーマ曲を歌う竹仲絵里さんが登場、生歌を披露されました。
17:40 シンポジウム
舞台挨拶が終わってシンポジウムが始まるまでの休憩時間にお客さんの大半が帰られました。
私ももう渋江さんが出ないのなら帰ってもよかったんだけど、せっかく大館まで来たんだしとりあえず最後まで居るか・・・ということでシンポジウムも傍聴、閉会まで客席にいました。
18:00 閉会
会場を出たあとは受付ロビーにてパンフレットやグッズを買い、発売が決まっているDVDもしっかり予約。畠山さんやエキストラで知り合った方にご挨拶などしてから外にでたころには会場の駐車場はガラガラ、私たちがほぼ最後のお客さんになってました。
外に出ると会場脇には大館市内にあるホテルの送迎バスが横付けされていて、映画関係者と思しき人々が乗り込んでいました。(たぶんこれからホテルで映画封切りの祝宴なんでしょうな。)
もしかするとこのバスに渋江さんも乗るのかな?ここで待ってたら会えるかな?という想いが頭をかすめましたが、辺りを見渡しても出待ちしてる人影は見当た らず。(正確には男性が1名いたのですが私その人は映画関係者だとばかり思っていて・・・あとから伺ったところ入山さんファンの方でした!)
やっぱり俳優さんは別口で移動するよねえ・・・ちぇっ。と思いながらトボトボとうちの車に乗り込むも窓の水滴ががっちり凍っていてすぐには発車できる状態ではなかったので(気温-5℃)、アイドリングしながら車内で待機してました。すると、
「あれ、渋江じゃね?」
外にいたご主人が突然、さっきのバスを見やってそう言うではありませんかっ!!みんむしはアワ食って車を飛び出しましたよ。バスの方へ急いで近寄って見ると、たしかに花束を持った人が乗り込んでいる、だけど渋江さんじゃなかった・・・がくっ。
やはりこのバスには乗らないんだろーか・・・。うーん、シクシク。でもどーせだからもう少し待ってみようか、という結論に至り、みんむしさんは1人バスの脇を(怪しげに)ウロウロしていました。
あーあ、やっぱ待つだけ無駄だよなあ。寒いしもう帰ろっかな・・・。
と、99%くらい諦めモードに入ったまさにその時!
私の目の前に突如、
渋江さん(とマネージャーさん)が現れた!!!
ああ神様。
たった数分しか待ってないというのに何というタイミングでしょうか。今日はお話なんてできるわけないってハナから諦めてたのに。
みんむし、想定外の出来事に頭は真っ白、なのにテンションだけは最高潮!
バスに乗り込もうとしている渋江さんを、もちろん私は無我夢中で呼びとめましたよ。同時にバス車内にいる人たちから自分へ一斉に向けられた「コイツ何してんの?」っていう乾いた視線。無論、そんなの気にしてる場合じゃありませんが。
以下、渋江さんへの攻撃開始です
ひ:「渋江さああーん!!」
一目散に駆け寄るみんむし。こちらに気付いた渋江さんと目が会いました。
ひ:「(手を振りながら)がんばってくださいねー!応援してます!」
待っているファンがいるとは思ってなかったのでしょう、私に答えを返すまで少し間が開いた渋江さんは、驚いたような色を浮かべていました。
渋:「・・・・・・あ、ありがとうございます・・・!」
ひ:「プレゼント、渡したので・・・。あの、お手紙も読んで下さいねっ!」
渋:「ハイ、わかりました~」
なんかそのままバスに乗っちゃいそうな勢いだったので、みんむしここは引き留めるためにもうひと踏ん張り。思い切って・・・
ひ:「あのおっ!・・・握手、してもらってもいいですか!?」
渋:「あ、いいですよー」
渋江さんは引いていたスーツケースを地面に置いて握手に応じてくれました。
久しぶりに至近距離で見る俳優・渋江譲二のお顔・・・(顔ちっちぇーな・・・)。耳元には舞台挨拶の時にはしていなかったピアスをつけていて、それは公の場で見られないプライベートな彼を覗き見てしまったようで、なんだかゾクッとしちゃったわたくしでした。
ひ:「今日は、このあとはどこかに泊まられるんですか?」
↑おい、それを聞いて一体どうしようというのだ。聞きたいことならほかに山ほどあるだろうがアホ!すっかり舞い上がっちゃってもう何言ってんのか訳分からんねん。ほんとになんでこんなこと聞いたんだろ・・・
渋:「あ、うん、そう、ですね・・・はい」←ほらあー!渋江さんちょっと困ってるじゃないかあ!
もっと話したかったですが、私の勝手でこれ以上引き留めるのはご迷惑に当たるかなと判断。なんだか早くバスに乗りたそうに見えたし・・・
ひ:「じゃあ、これからもがんばってくださいねー!お話できて良かったですー!!」
会釈をしながらバスに乗り込んでいった渋江さんでした。
渋江さんはわざわざ窓側に座ってくれて、ハイテンションで手を振りまくる私と目が合うと窓越しにずっと手を振り返して下さっていました。やさしいでしょ?やさしいねえ。(まあ、当然のファンサービスだろと言われればそれまでですが)
ね?たいしたこと話してないでしょ?改めて字におこしてみると全然会話になってないのが良く分かりますね・・・すみません。だって渋江さんもびっくりして緊張してたみたいだし、私も突然のことで一杯一杯だったんだもん。渋江さんとの遭遇はなぜだかかいつも突発的で、心の準備ができません・・・だからネタも仕込めません・・・ ※エキストラの時だって、あらかじめ会えると知ってて行ったわけではないんです。こんなことがあるのかと思いました。(その時の奮闘記はこちらです。)
*****
最後に、この映画(の、主に渋江さんについて)の感想です。
まず映画の中のエみんむし(エキストラ)ですが、残念なことに大分映っちゃってました。中でも特に渋江さんと同じ画面に映っちゃったシーン。
↓こういう画です(汚い手書きでスミマセン)
これはだめだろ。ファンがこんなに近くにいるのはだめだろ。だってファンなんだから。本番中ニヤけそうになるのを抑えるのが大変だったもの。あああいかんよこれは。やってもーた・・・(みんむし頭抱えるの図)
ただ、渋江さんがあんな風にお芝居をしていて、自分にもあんな風にカメラを向けられて、撮影にあのくらい時間をかけたあのシーンがこういう映像に出来上がるのか!という感動はものすごくありました。当たり前かもしれませんが、完成して実際目にする映像は被写体として撮られていた時の感覚とはかなり違いましたね。あと、映画って(ドラマもだろうけど)キャストのものである前にまずはやっぱり監督のものであって、汗だくで誰よりも動き回っていた助監督さんのものであって、それを囲んでいた大勢の撮影隊の人たちのものであって、突き詰めていくと企画・発案・構想した方たちのものであって・・・と辿っていくときりがありませんが、いずれにしろキャストとは、そういった汗水流して寝る暇もなく作品を作っている人達のお手伝いをしているにすぎないんだなあということを、撮影現場に入ってみて初めて身を持って感じました。
で、映画の中の渋江さんの出番はですね、もーね、山ほどあります!出番なんてもんじゃないよ。出まくりよ。
見どころも満載です。あわや放映ギリギリかというエビピラフの吐き出しっぷりとか、適当でひょうひょうとしているところとか・・・これまでになかったキャラクターを演じてるので非常に新鮮。それから、何よりお芝居がとっても上手くなりました。落ち着いて普通にお芝居ができるようになったっていうのかな。異様に滑舌も良かったし。そういった面ではドキドキハラハラ感はほとんど無く安心して見ていられて、こりゃ映画の主演も決まるわなって思えました。だからもし秋田に興味がなくても(なんて言ったら大館の方に怒られそうだ)、渋江譲二のみ目当てで観賞して十分満足できる内容となってます。保証します。
兎にも角にも準主役級のオイシイ役どころ。ぶっちゃけこれが渋江さんにとって映画本格デビュー作みたいなもんだと思うので(「キャラウェイ」は台詞なかったし「ガチバン」は友情出演だし「クロサワ映画」は本人役だったしさ・・・)、渋江さんが気になる人には絶対観ていただきたいです。
ついでに女性のメインのキャストの中では、私は岩田さゆりさんが小動物系でとっても可愛らしい方だなあという印象を持ちました。渋江さんともお似合いのカップルだったと思います。だけどご主人のお気に入りは入山法子さんだそうだ。(んなこたどーでもいいですね、すみません)
肝心の内容についての感想ですが、ネタバレにもなってしまうのでそこはおいおい小出しにしていこうかなと思います。とりあえず地元エキストラ大量投入!ってかんじなんですけど、地元発の割には脚本がしっかりしていてテンポも良く、映画として十分面白かった。ストーリーも分かりやすい。私は試写会だけでは物足りないのでお金払ってもう一回観に行く予定です。
ミナ沢田 投稿
2011/02/20
2011/02/13
私の愛、ミナのための
あなたは私の人生で起こった最良のことをしているので。と私は永遠にあなたを愛しされます。
あなたは私のすべてです。あなたは、私の世界と私の宇宙です。
あなたなしで私はどこにも行っている鳥のようだ
蒸留酒ダンス今夜。私が待っています。
たったひとつの恋...
2011/02/09
亀梨 和也
(かめなし かずや、1986年2月23日 - )は、日本のタレント、歌手、俳優。男性アイドルグループ・KAT-TUNのメンバーである。東京都江戸川区出身。ジャニーズ事務所所属。身長171cm、体重55kg。東京都立水元高等学校中退。
来歴
- 1998年11月8日、ジャニーズ事務所に入所。同期は赤西仁、KAT-TUNメンバーの中丸雄一、NEWSの増田貴久、Kis-My-Ft2の藤ヶ谷太輔、A.B.C-Zの塚田僚一である。
- 2001年4月、KAT-TUN結成。
- 2004年4月、滝沢秀明の主演舞台「Magical Musical DREAM BOY」で代役として主演を務めた。
- 2005年1月、「ごくせん第2シリーズ」に出演し、世間から注目され始める。4月、KAT-TUN&関ジャニ∞編「Hey!Say!DREAM BOY」では主役として公演。10月、「野ブタ。をプロデュース」で共演したNEWSの山下智久との期間限定ユニット「修二と彰」として主題歌の「青春アミーゴ」を発売し、同年11月27日に2005年に初のミリオンセラー達成。
- 2006年1月、「DREAM BOYS」が公演。この後も、2007年・2008年・2009年と主役を務めている。
- 2010年4月「Going!Sports&News」で、スポーツキャスターを務める(日曜日・プロ野球コーナー担当レギュラー)。
人物
- 名前の由来はタッチの上杉和也。
- 家族構成は、両親と兄2人(4つと2つ上、二人とも既婚)、弟1人(4つ下、裕也)の男4人兄弟。
- 両親は栃木県の出身(スポーツ報知 2011年1月1日1面)。
- 愛犬は、カニンヘンダックスフンドの「蘭」と、ティーカッププードルの「ジェリー」。名前の由来は二匹合わせてランジェリー(下着)。
- 事務所入りのきっかけは、従姉妹が事務所に履歴書を送り、野球練習後の亀梨を父親が黙ってオーディション会場に連れて行き、合格となる。何も知ら されてなかった亀梨は、みんなが今時のおしゃれなジャージを履いているのに対し、自分だけ裾がしぼられているジャージで恥ずかしかったという。ちなみに同 じオーディションには赤西、中丸も一緒だった。
- 初仕事の日に会場を間違え、同じく間違えて到着していた中丸と、中丸の母と会場まで走って向かった。お互いまだ面識がなかった為、走りながら自己紹介をした。
- 野球が得意で、小学校6年生の時に世界大会の主催者枠の江戸川区代表チームで出場した。また、日本テレビ系『スポーツ偉い人グランプリ』で、プロ 野球のOBを相手にノーヒットノーランのパーフェクトを達成し、芸能人ナンバー1打者決定戦でも2連覇を果たした。2009年7月19日の千葉ロッテマリーンズ対福岡ソフトバンクホークス戦で始球式に登板し、プライベートでも交流のある西岡剛が打席に立ち、ショートフライに討ち取っている。亀梨自身は読売ジャイアンツと千葉ロッテマリーンズのファンである。投げられる球種はストレート、スライダー、フォーク、カーブ、シュート、ツーシーム、チェンジアップなどさまざまである。また番組の企画の際、元広島東洋カープの山本浩二にスローカーブを伝授された。そのスローカーブを使い、プロ野球選手を軟式ボールで多数討ち取っている。
- 2010年にオリックス・バファローズのスタメン発表をしたことがある。
- 福山雅治、SMAPの木村拓哉、嵐の二宮和也と松本潤、速水もこみち、三浦翔平、Kis-My-Ft2の横尾渉、瑛太、風間俊介、宮尾俊太郎らと親交がある。
- KAT-TUNのリーダーではないが、普段から率先してMCを務めたりするなど、グループの中心的存在である。
- 好きな食べ物はイカ。嫌いな食べ物はトマトと梅。
- 絶叫系の乗り物が苦手だが、舞台やコンサートでフライングをこなしていくうちに恐怖に慣れたという。カートゥンKAT-TUNの番組内で、飛べなかった中丸雄一のかわりにバンジーをした。
出演
- 単独・レギュラー出演のみ。KAT-TUN#出演も参照。
テレビドラマ
連続ドラマ
- 3年B組金八先生 第5シリーズ(1999年10月14日~2000年3月30日、TBS) - 深川明彦 役
- ごくせん第2シリーズ(2005年1月15日~3月19日、日本テレビ) - 小田切竜 役
- 野ブタ。をプロデュース(2005年10月15日~12月17日、日本テレビ) - 桐谷修二 役(主演)
- サプリ(2006年7月10日~9月18日、フジテレビ) - 石田勇也 役(主演)
- たったひとつの恋(2006年10月14日~12月16日、日本テレビ) - 神崎弘人 役(主演)
- 1ポンドの福音(2008年1月12日~3月8日、日本テレビ) - 畑中耕作 役(主演)
- 神の雫(2009年1月13日~3月10日、日本テレビ) - 神咲雫 役(主演)
- ヤマトナデシコ七変化 (2010年1月15~3月19日、TBS) - 高野恭平 役(主演)
単発ドラマ・ゲスト出演
- 3年B組金八先生 第5シリーズSP(TBS、2001年)深川明彦 役
- 3年B組金八先生 第6シリーズ(TBS、2001年12月20日・2002年1月10日)第11話、12話 深川明彦 役
- 金田一少年の事件簿「吸血鬼伝説殺人事件」(日本テレビ、2005年9月24日)金田一一 役(主演)
- ユウキ-24時間テレビ29(日本テレビ、2006年8月26日)三田雄基 役(主演)
- 喰いタンスペシャル「香港全部食べちゃうぞ!」編(日本テレビ、2006年9月30日)神崎弘人 役
- 特急田中3号 第9話(TBS、2007年6月8日) 柴原徹 役
- MR.BRAIN 第3話(TBS、2009年6月6日) 和久井雅和 役
映画
- ごくせん THE MOVIE(2009年7月11日)小田切竜 役
バラエティ
- 上田晋也×亀梨和也のGoing!野球(日本テレビ 土曜日10:30~) 2010年03月27日~2010年09月
- Going!Sports&News(日本テレビ 日曜日23:55~) 2010年04月04日~
ラジオ番組
- 亀梨和也のKス バイ Kス(ニッポン放送)(2008年~)
- 亀梨和也のKス バイ Kス KAT-TUNスタイルフライデースペシャル(ニッポン放送)(2008年~2009年)
CM
CMバリエーション、共演者に関してはKAT-TUN#CMを参照。- ロッテ
- 「クランキー」(2002年)
- 「プラスX」(2003年)
- 「クランキー」(2006年~2008年)
- 「Gahna」『ヤマトナデシコ七変化』とのコラボCM(2010年)
- 角川書店
- 「ザテレビジョン」(2005年)
- ロート製薬
- 「もぎたて果実」(2005年、2009年)
- 「ロートCキューブ」(2005年)
- 「ロートZi:」(2006年)
- スカイパーフェクト・コミュニケーションズ
- 「SKY PerfecTV!」(2006年)
- NTTドコモ
- 「FOMA902i」(2005年、2006年)
- 「FOMA new9」(2006年)
- 「FOMA903i」(2006年)
- 「FOMA903iTV」(2007年)
- ケンタッキーフライドチキン
- 「粗挽き黒胡椒チキン」(2007年、2008年)
- パナソニック
- 「ラムダッシュ」(2010年)
- AOKI
- 「3Dスリムスーツ」(2010年)
ソロ曲
- 離さないで愛 (作詞・作曲:堂本剛)
- 絆 (修二と彰「青春アミーゴ」に収録。作詞:亀梨和也)
- 夏の終わり
- SEARCH (『DREAM BOYS』劇中歌。作詞:亀梨和也)
- 00'00'16〜sixteen seconds〜
- someday for somebody (KAT-TUN 2nd Album「cartoon KAT-TUN II You」に収録)
- w/o notice?? (KAT-TUN 7th Single「DON'T U EVER STOP」初回限定盤1に収録)
- 1582 (KAT-TUN 4th Album「Break the Records -by you & for you-」に収録)
- 愛しているから(KAT-TUN 11th Single「Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜」初回限定盤1に収録。作詞:亀梨和也)
- LOST MY WAY
- SWEET (KAT-TUN 5th Album「NO MORE PAIИ」に収録)
- Plastic Tears
受賞
- 2006~2010年、ベストジーニスト(一般選出部門)5年連続受賞のため殿堂入り
- 「ごくせん」でザテレビジョン/日刊スポーツ助演男優賞
- 「野ブタ。をプロデュース」でザテレビジョン主演男優賞
- 「ヤマトナデシコ七変化♥」で日刊スポーツ主演男優賞
KAT-TUN
KAT-TUN(カトゥーン)は、日本の男性アイドルグループ、ダンスボーカルグループ。所属芸能事務所はジャニーズ事務所。所属レコードレーベルは専用のプライベートレーベルであるJ-One Records。2001年結成。
概要
- 2001年3月16日、音楽番組『ポップジャム』(NHK)の司会を務めていた堂本光一の専属バックダンサーとして、ジャニー喜多川の鶴の一声で結成する。そのため正式な結成日はあいまいであるが、4月7日という説が濃厚であると言われている。世間ではTV初登場はポップジャムと思われているが、正式なTV初登場は2001年3月30日放送のミュージックステーションSPである。
- グループ名はメンバーの名字のイニシャルをつなげたもので、「勝運」や、「漫画のように、1ページ読むとまた次のページが読みたくなる」という意味から「cartoon」(漫画)にもかけている。また、ハイフンはファンを意味している。字面から想像しにくい読み方であるため「カツーン」「カッツン」など共演者にも呼び間違えられる事が多々ある。
- 赤西と亀梨が『ごくせん』に出演以降、日本テレビとの関わりが多い。
- 結成当時、上田竜也がKAT-TUNのリーダーであったが、ダンスの練習で先生に怒られるのが嫌で辞めたため、現在は居ない。
- ジャニーズ所属のグループの中ではめずらしくしっかりパートが分かれている。
- KAT-TUNとして6人で最初に歌った曲はV6 (ジャニーズ)の「愛なんだ」である。
メンバー
グループ名の由来であるイニシャル順に記す。先頭のアルファベットは、該当のイニシャルである。- KA 亀梨和也(かめなし かずや、1986年2月23日 - B型) イメージカラーはピンク。
- T 田口淳之介(たぐち じゅんのすけ、1985年11月29日 - AB型)イメージカラーはオレンジ。
- T 田中聖(たなか こうき、1985年11月5日 - B型 )イメージカラーは黄。
- U 上田竜也(うえだ たつや、1983年10月4日 - B型)イメージカラーは青。
- N 中丸雄一(なかまる ゆういち、1983年9月4日 - O型)イメージカラーは紫。
- 元メンバー
赤西脱退日について
報道各所にて2010年7月脱退と表記されることが多いが、7月の段階では脱退する方針であり正式な脱退ではない。これは7月16日のコンサート前記者会見にて明らかになり、同月20日、公式携帯サイトにて赤西が「ソロ活動」を発表する。その後、8月以降もファンクラブ「You&J」にて「正式な脱退はしていない」と回答があり、8月の段階ではまだKAT-TUNに在籍扱いになっていたと伺える。
2010年8月31日にKAT-TUN公式サイトのプロフィールから赤西の名前が消え、赤西単体の公式サイトが開設される。
これにより、正式にKAT-TUNを脱退したものとし、8月31日が正式な脱退日ではないかと考えられている。
2010年10月3日に行われたファンクラブによる壮行会の記者会見にて、報道後初めて公の場に現れたものの、脱退日についての見解はなくおおよその見当しかつかない。
また、2010年3月25日に同年のKAT-TUNのツアーに参加しないことが発表され、それ以後はグループからは離れて別行動を取っていたため、 KAT-TUNとしての赤西、並びに6人の姿を見ることが出来たのは、2010年3月24日に放送された冠番組「カートゥンKAT-TUN」の最終回が最 後である。
略歴
- 2002年
- 8月、大阪松竹座で行ったコンサート「お客様は神サマー Concert 55万人愛のリクエストに応えて!!」の2日目に1日11公演を行った。
- 2005年
- 11月、『2005年ワールドグランドチャンピオンズカップ』の応援プロデューサーに就任する。
- 2006年
- 3月17日、東京ドームでコンサート「KAT-TUN SPECIAL TOKYO DOME CONCERT Debut "Real Face"」を行う。CDデビュー前のアーティストによる単独ライブは、同会場史上初である。
- 3月22日、1枚目シングル『Real Face』、アルバム『Best of KAT-TUN』、DVD『Real Face Film』でトリプルデビュー。KAT-TUNのためにジャニーズ系のレコード会社、J Stormの内部に立ち上げられた新レーベル、「J-One Records」からの発売となる。3作品がそれぞれオリコンチャートで1位を飾った事に加え、有線リクエスト、着うたダウンロードでも1位を獲得し、5冠を達成した。また、4月にはシングルがミリオンセラーを達成した。『Real Face』の作詞はスガシカオ、作曲は松本孝弘(B'z)
- 4月3日、NEWS・関ジャニ∞との3組合同ファンクラブ、「You&J」が発足される。
- 7月19日、2枚目シングル『SIGNAL』をリリース。オリコンシングルチャート初登場1位を獲得。
- 10月12日、赤西仁がロサンゼルスへ語学留学するため芸能活動を休止する事が発表され、当面5人での活動となる。
- 12月7日、3枚目シングル『僕らの街で』をリリース。オリコンシングルチャート初登場1位を獲得。作詞作曲は小田和正。
- 2007年
- 4月4日、KAT-TUNにとって初の冠レギュラー番組、『カートゥンKAT-TUN』が放送開始。
- 4月18日、『cartoon KAT-TUN II You』をリリース。オリコンアルバムチャート初登場1位を獲得。
- 4月19日、赤西仁が語学留学先のロサンゼルスから帰国。翌20日にメンバー全員揃って帰国会見を行い、芸能活動復帰を表明した。以降再び6人での活動となる。
- 会見では翌日の仙台公演から全公演に帯同し、ファンへ挨拶するだけの予定だったが、アンコールで歌を2曲披露した。
- 大阪公演からは、赤西仁のコンサートグッズを販売。
- 完全復帰(フル出演)となった東京ドーム公演のみ、パンフレットをはじめ、写真入りの全グッズがこれまで販売されていたものから6人仕様に差し替えて販売された。
- 6月6日、4枚目シングル『喜びの歌』をリリース。オリコンシングルチャート初登場1位を獲得。
- 11月21日、5枚目シングルとなる『Keep the faith』をリリース。この曲は作詞作曲は氷室京介(詞はSPINと共作)。12月3日付のオリコンシングルチャート初登場1位を獲得。
発売1週目の売上としては2007年シングル1位を記録。デビュー以来続く初動売上で30万枚を超えるのはこれで5作連続となった。同所属事務所の先輩にあたるKinKi Kids以来、約9年ぶり、史上2組目の快挙となった。 - 12月24日 - 25日、『第33回ニッポン放送ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』(ニッポン放送)の司会を担当。(メインパーソナリティは同局で番組を持っている田口淳之介・赤西仁)
- 2008年
- 2月6日、6枚目シングルとなる『LIPS』をリリース。オリコンシングルチャート初登場1位を獲得。
- 5月14日、7枚目シングルとなる『DON'T U EVER STOP』をリリース。オリコンシングルチャート初登場1位を獲得。
- 6月4日、3枚目アルバムとなる『KAT-TUN III -QUEEN OF PIRATES-』をリリース。オリコンアルバムチャート初登場1位を獲得。
- 8月2日〜5日に3度目の東京ドーム公演を行う。4日連続公演は日本人ミュージシャンとして史上初。X JAPANが持っていた連続公演記録を約16年7ヶ月ぶりに塗り替えた。
- 12月3日、8枚目シングルとなる『White X'mas』をリリース。オリコンシングルチャート初登場1位を獲得。
- 2009年
- 2月11日、9枚目シングルとなる『ONE DROP』をリリース。オリコンシングルチャート初登場1位を獲得。
- 3月11日、通算10枚目シングルとなる『RESCUE』をリリース。2ヶ月連続リリースとなる。オリコンシングルチャート初登場1位を獲得。
- 4月29日、4枚目アルバムとなる『Break the Records -by you & for you-』をリリース。オリコンアルバムチャート初登場1位を獲得。
- 5月15日〜21日に7日間連続東京ドーム公演を行い、連続公演新記録を作る予定だったが、当初38万5千人の定員に対し倍以上の84万8344 人の申し込みが殺到し、急遽追加公演が決定した。7日間連続が1公演追加で8日間連続に変更され、更に記録を伸ばす事になった。予定になかった大阪でも京セラドームで5月29日〜31日に3日間、6月14,15日に東京ドームで更に2公演追加があり、計13公演で68万5000人動員する事が決定した。
- 7月22日〜8月23日、「KAT-TUN SUMMER'09 Break the Records」を6都市28公演で行う。
- 2010年
- 2月10日、11枚目のシングルとなる『Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜』をリリース。オリコンシングルチャート初登場1位を獲得。
- 5月2日〜8月28日、「KAT-TUN LIVE TOUR 2010」を開催。ただし、赤西仁はツアーに不参加。
- 5月12日、12枚目のシングルとなる『Going!』をリリース。
- 6月16日、5枚目のアルバムとなる『NO MORE PAIИ』をリリース。オリコンアルバムチャート初登場1位を獲得。
- 7月16日、赤西仁は正式脱退の方針であると東京ドームでのライブ開始前にジャニー喜多川社長から発表された。正式決定は、秋以降になる。
- 7月20日、赤西仁が公式携帯サイトのKAT-TUN'S MANUALにてソロ活動を発表。
- 8月31日、公式サイトのプロフィールから赤西の名前が消え、赤西単体の公式サイトが開設される。
- 11月17日、13枚目のシングルとなる『CHANGE UR WORLD』をリリース。
作品
タイアップについてはジャニーズ タイアップ一覧を参照のこと。シングル
- Real Face(2006年3月22日)
- SIGNAL(2006年7月19日)
- 僕らの街で(2006年12月7日)
- 喜びの歌(2007年6月6日)
- Keep the faith(2007年11月21日)
- LIPS(2008年2月6日)
- DON'T U EVER STOP(2008年5月14日)
- White X'mas(2008年12月3日)
- ONE DROP(2009年2月11日)
- RESCUE(2009年3月11日)
- Love yourself 〜君が嫌いな君が好き〜(2010年2月10日)
- Going!(2010年5月12日)
- CHANGE UR WORLD(2010年11月17日)
- ULTIMATE WHEELS(2011年2月2日)
アルバム
- Best of KAT-TUN(2006年3月22日)
- cartoon KAT-TUN II You(2007年4月18日)
- KAT-TUN III -QUEEN OF PIRATES-(2008年6月4日)
- Break the Records -by you & for you-(2009年4月29日)
- NO MORE PAIИ(2010年6月16日)
DVD
- お客様は神サマーConcert 55万人愛のリクエストに応えて!!(2003年2月26日)
- KAT-TUN Live海賊帆(2005年5月3日)
- Real Face Film(2006年3月22日)
- Live of KAT-TUN "Real Face"(2007年4月11日)
- TOUR 2007 cartoon KAT-TUN II You(2007年11月21日)
- KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES(2009年1月1日)
- KAT-TUN LIVE Break the Records(2009年12月16日)
- KAT-TUN -NO MORE PAIИ- WORLD TOUR 2010(2010年12月29日)
オリジナル曲
シングル・アルバムに収録されておらず、なおかつソロ・デュエットを除いた曲を、仮名50音順に記す。- あ行
- か行
- さ行
- Six Groove(作詞: ha-j、作曲: ha-j、編曲: ha-j)
- 青天の霹靂(作詞: Satomi、作曲: 稲田潤)
- た行
- な行
- は行
- ピカピカII(作詞・作曲: 永井真人)
- FREAK OUT!!〜Try me one time, Try me one night〜 (作詞:清水昭男 Erykah 作曲:清水昭男)
- ま行
- Messenger(作詞: ERYKAH、作曲: 酒井ミキオ)
- や行
- ら行
- わ行
出演
単独出演作品は各メンバーの記事を参照のこと。バラエティ番組
- 8時だJ(1998年4月 - 1999年9月、テレビ朝日)
- music-enta(2001年4月19日 - 2002年3月14日、テレビ朝日)
- ミュージック・ジャンプ(1997年4月 - 2000年3月NHK BS2)
- ザ少年倶楽部(2000年4月 -(BS2)
- ポップジャム(2001年4月 - 2002年3月、NHK)
- 裸の少年 (2001年4月 - 2003年3月 テレビ朝日)までレギュラー出演。その後不定期出演
- THE夜もヒッパレ(2002年、日本テレビ) - 準レギュラー
- ミンナのテレビ(2005年4月 - 2005年9月、日本テレビ)
- KAT-TUN×3(2005年7月30日・8月6日、日本テレビ)
- KAT-TUNのグラチャン応援プロジェクト(2005年10月1日 - 、日本テレビ)
- 歌笑HOTヒット10(2005年10月 - 2006年3月、日本テレビ)
- ウタワラ(2006年4月 - 2007年1月、日本テレビ)
- 24時間テレビ29 「愛は地球を救う」〜絆〜(2006年8月26日 - 27日、日本テレビ) - メインパーソナリティ
- 高校生制服対抗ダンス甲子園(2006年12月30日、日本テレビ)
- カートゥンKAT-TUN(2007年4月4日 - 2010年3月24日、日本テレビ)
- KAT-TUNの先輩教えて下さい!大人のオキテ100 ア〜ンドくりぃむ(2008年1月12日、日本テレビ)
- KAT-TUNの先輩教えてください!大人のオキテ100(2009年4月5日、日本テレビ)
- SMAP×SMAP’10 史上最大4時間半生放送!新春ドリームスペシャル(2010年1月4日、フジテレビ)
- KAT-TUNの先輩教えて下さい!大人のオキテ100 パート3(2010年1月6日、日本テレビ)
テレビドラマ
- 怖い日曜日(1999年7月4日 - 9月26日、日本テレビ)
- 怖い日曜日〜新章〜(1999年10月3日 - 12月26日、日本テレビ)
- 熱血恋愛道(1999年1月10日 - 5月2日、日本テレビ)
- 怖い日曜日〜2000〜(2000年7月2日 - 11月26日、日本テレビ)
- 史上最悪のデート(2000年12月3日 - 2001年4月29日、日本テレビ)
CM
- NTTドコモ
- FOMA new9(902iS)「いくぜオンガク! 篇」(2006年6月)
- NTT DoCoMo 903i(2006年11月26日 - 12月30日、JR西日本・大阪環状線の車体広告として)
- 企業広告「ぼくたちの自由篇」(2007年8月)
- スカイパーフェクTV!
- 「新魔球篇」(2006年3月)
- 「フリーキック篇」(2006年5月)
- 「MUSIC LIFE! 篇」(2006年8月)
- 「スカパー! よくばりパックキャンペーン トナカイチャンネル? 篇」(2006年12月)
- ロート製薬
- もぎたて果実(2005年7月-)
- ロートCキューブ(2005年10月)
- ロッテ
- クランキー
- 「CMが地味? 篇」(2002年9月)
- 「クセなんだ♪篇」
- 「クセなんだ♪篇II」
- 「おいしい食べ方篇」
- 「ウォーキングバー篇」
- プラスX
- 「グリーンアップル&レッドベリー篇」(2003年11月)
- 「ブルーシトラス篇」(2004年)
- 「ピンクベリー篇」(2005年)
- 「チームプラスエックス篇」(2005年11月22日 - 27日、全5話)
- 「ゴールドパイン衣装篇」(2006年2月)
- 「ゴールドパインガム3箱篇」(2006年2月)
- 「レインボーフルーティア篇」(2006年7月)
- 「オリジナルボトルキャンペーン篇」(2007年1月)
- 「マジックキウイ篇」(2007年7月)
- 「パワーオブフルーツ篇」(2007年11月)
- クランキー
- エムティーアイ
- デコともDX(2009年12月25日-)
- スズキ
- ソリオ(2010年12月-)
ラジオ
コンサート
- お客様は神サマーConcert 55万人愛のリクエストに応えて!!(2002年8月10日 - 8月28日、2都市26公演)
- Ko年モ Ah Taiヘン Thank U Natsu(2003年8月8日 - 8月28日、3都市10公演)
- KAT-TUNの大冒険 de SHOW(2003年8月12日 - 8月20日、ホテル・グランパシフィック・メリディアン、20公演)
- KAT-TUN Live海賊帆(2004年12月28日 - 2005年1月10日、3都市14公演)
- Spring 05 Looking KAT-TUN(2005年3月25日 - 3月27日、横浜アリーナ、4公演)
- Looking 05 KAT-TUN(2005年5月29日 - 6月26日、5都市14公演)
- Looking KAT-TUN 2005ing(2005年8月26日 - 8月28日、横浜アリーナ、6公演)
- KAT-TUN Special TOKYODOME CONCERT Debut "Real Face"(2006年3月17日、東京ドーム、1公演)
- Spring Tour '06 Live of KAT-TUN "Real Face"(2006年3月28日 - 5月7日、8都市40公演)
- Spring Tour '06 in TOKYO DOME Live of KAT-TUN "Real Face"(2006年5月13日 - 5月14日、東京ドーム、2公演)
- TOUR 2007 cartoon KAT-TUN II You(2007年4月3日 - 6月17日、7都市28公演)
- KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES(2008年6月21日 - 8月5日、8都市31公演)
- KAT-TUN Break the Records 東京ドーム10days・京セラドーム大阪3days(2009年5月15日 - 5月22日、6月14日、6月15日、東京ドーム、10公演、5月29日 - 5月31日、京セラドーム、3公演)
- KAT-TUN SUMMER '09 Break the Records Tour(2009年7月22日 - 8月23日、6都市28公演)
- KAT-TUN LIVE TOUR 2010 PART1:ARENA TOUR(2010年5月2日 - 6月27日)
- KAT-TUN LIVE TOUR 2010 PART2:WORLD BIG TOUR(2010年7月16日 - 8月28日、初の海外公演:韓国、台湾)
舞台
- DREAM BOY(2004年1月8日 - 1月31日、帝国劇場)
- 「KAT-TUN&関ジャニ∞編」(2004年4月30日 - 5月7日、梅田コマ劇場)
- 「滝沢秀明編」(2004年5月8日 - 5月21日、梅田コマ劇場)
- SUMMARY of Johnnys World(2004年8月8日 - 8月29日、原宿新ビッグトップ)
- Hey! Say! Dream Boy(2005年4月27日 - 5月15日、梅田芸術劇場、34公演)
- KAT-TUN vs 関ジャニ∞ Musical Dream Boys(2006年1月3日 - 1月29日、帝国劇場、38公演)
- DREAM BOYS(2007年9月5日 - 9月30日、帝国劇場、38公演)
連載
- ハートビートKAT-TUN(『POTATO』)
- SECRET FACE(『duet』)
- KAT-TUN'S MANUAL(Johnny's Web)
- 愛はKAT-TUN(『週刊ザテレビジョン』)
- KAT-TUNスタイル(『月刊 TVnavi』)
- R-One KAT-TUN(『月刊 TVnavi』)
書籍
- KAT-TUN写真集 「KAT-TUN 1st. in NEW YORK」(2003年、ワニブックス)
- KAT-TUNライブ・ドキュメント・フォトブック“BREAK the RECORDS"(2009年、角川グループパブリッシング)
TEN-G
TEN-Gは、KAT-TUNのメンバーが天狗に なってしまった事を歌う、全米で大ヒットしたKAT-TUNの弟分グループであるという設定。 「KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES」に出演し、オリジナル曲のTEN-"G"を歌ったりした模様等がDVDに収録されている。出演・略歴
| 日付 | 詳細 |
|---|---|
| 2005年8月26日 | 横浜アリーナにて初登場。 |
| 2006年3月17日 | 東京ドームでのデビューコンサート「KAT-TUN Special TOKYODOME CONCERT Debut "Real Face"」 |
| 2006年3月28日 | 「Spring Tour '06 Live of KAT-TUN "Real Face"」の大阪公演※1部のみ |
| 2008年6月21日 - 8月5日 | 「KAT-TUN LIVE TOUR 2008 QUEEN OF PIRATES」 |
| 2010年5月2日 - 6月27日 | 「KAT-TUN LIVE TOUR 2010 PART1:ARENA TOUR」 |
メンバー
- 紫天狗(亀梨)
- ピンク天狗(赤西)
- 腹黒天狗(田口)
- 青天狗(田中)
- 赤天狗(上田)
- 黄天狗(中丸)
オリジナル曲
関連項目
2011/01/28
『LADY〜最後の犯罪プロファイル〜』
『LADY〜最後の犯罪プロファイル〜』(レイディ さいごのはんざいプロファイル)は、2011年1月7日からTBS系列の金曜ドラマ枠で、毎週金曜日の22:00 - 22:54(JST)に放送されているテレビドラマ。初回は21:00 - 23:09の2時間15分スペシャル。
概要 [編集]
容疑者不明の難事件を数少ない手がかりからプロファイリングによって真相を究明する捜査官たちの姿を描く。
主演は北川景子で、TBS制作の連続ドラマでは初出演・主演であり、プライムタイムの連続ドラマでは単独初主演。
金曜ドラマ枠では、前々作の『うぬぼれ刑事』、前作の『SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜』に続いての警察ドラマとなる。
キャッチコピーは「あなた、まる見えよ。」。
事前PRスポットのナレーションは垂木勉(タイトル部分は北川景子)、第1話予告スポットからは北川景子。
キャスト [編集]
警視庁捜査一課犯罪行動分析室(Criminal Profiling Support Team) [編集]
* 香月 翔子(26) - 北川景子/17歳:相葉香凛
1984年8月22日生まれ。現場プロファイリング班プロファイラー。精神科医。FBIアカデミーで研修を積む。協調性に乏しく周囲には高圧的な態度で臨み、周囲の声も聞かず自分の理論を推し進める自己中心的な面があるが、根は他人思いの優しい性格。殺人犯マニアであり、「彼らの本当の気持ちをわかってあげたい」と思いプロファイラーになった。犯行時に犯人が抱くファンタジー(幻想)を理解するという方式を得意とし、犯人像をプロファイリングする内に犯人が抱いた感情や気持ちが同調する。大阪府出身で、普段は標準語を話すが、舞子とは関西弁で会話している(演じる北川は兵庫県出身)。
* 結城 晶(39) - 木村多江
1971年3月16日生まれ。データ解析班チーフプロファイラー。個性的なスタッフの面々の取りまとめに苦労しており、毎回食事に連れ出すことで、どうにかコミュニケーションを図ろうとしている。何かしらの持病を持っている模様。
サバサバ・テキパキした性格で、イライラが頂点に達すると「黙れ」と発言して場を凍りつかせることも。
* 新堀 圭祐(28) - 平岡祐太
データ解析班プロファイラー。
何かというと統計データと豆知識をひけらかす一方で、研究熱心な学者タイプ。気さくだが自己中心的な性格で、場の空気を読まない不謹慎な言動が多い。珍しい資料を前にすると喜々とする辺り、少々オタクに近い一面を持つ。プロファイリング方法や意見の対立、同年代ということもあって香月をライバル視している。
* 奥居 万里江(34) - 須藤理彩
情報分析班情報分析官。晶を補佐してチームを取りまとめる(という役割だが、実質は結城1人で行っているのが現状)。
物事を冷静かつ的確に見極めようとする能力が高く、チーム1人1人を客観的に見つめているが、人間付き合いには疎い(チーム内で1番早く帰宅する)。彼氏がいるらしい。
* 寺田 毅彦(32) - 要潤
1978年2月21日生まれ。現場プロファイリング班プロファイラー。法医学者。表情分析のエキスパート。ナンパな優男に見られるが、真面目で、正義感と上昇志向が強く、警察にプロファイリングの有用性を認めさせようとしている。一人でも多くの遺体を減らしたいという気持ちがあることを知った三宅からプロファイラーの仕事を勧められた。三宅のことを「先生」と呼び、恩師として慕っている。
警視庁捜査一課 [編集]
* 柘植 正樹(39) - ユースケ・サンタマリア
第五強行捜査班・係長。徹底した現場主義の刑事。捜査に役立つものであれば、とプロファイリング手法にも好意的。過去の失態から、後輩にも追い抜かれているが、課長であった岡林には評価・期待されていた。香月直也に関する調査を内密で行っている。
* 石渡 順也 - 細田よしひこ
第五強行捜査班・刑事。直情的な性格。
* 久保田 公一 - 吉家章人
* 三沢 秋好 - 青柳翔
* 河合 英雄 - 坂本充広
第五強行捜査班・刑事。
* 板倉 - 田口主将(Episode2・3)
捜査一課・課長。岡林の後任として課長になるが、実際は藤堂が権限を握っており、お飾り状態のポストとなっている。
* 藤堂 雄一郎(37) - 小澤征悦
管理官。古いタイプの刑事でプロファイリングを全く信じておらず、主に翔子が捜査会議で傍若無人な言動を繰り返すこともあってCPSを露骨に冷遇している。
その他 [編集]
* 香月 舞子(19) - 岡本杏理/9歳:青山愛依
翔子の妹で大学生。10年前に直也が亡くなった火災を目にしたトラウマから軽い神経症になり、時々急に不安になると一人でいれなくなる。
* 香月 直也 - 鶴見辰吾
翔子・舞子の父親。文教大学教授で犯罪心理学の第一人者だったが、10年前に学内で発生した不審火で亡くなっている。
* オープニングナレーション - 升田尚宏(TBSアナウンサー、Episode1)
各話ゲスト [編集]
Episode1
* 国木田 譲(26) - DAIGO/幼少期:中島凱斗
西東京データセンターシステム事業部。(下記、事務局のシステム保守を行なっている会社)
NPO法人 児童虐待ホットライン事務局の通話記録をハッキングしていた。ハッキングで知った虐待家庭を襲撃。両親を殺害し、児童を誘拐して監禁する。監禁された子どもには、お菓子やおもちゃを与える「優しいお兄ちゃん」であり、慕われていた。被害者家族に紛した翔子にトラウマを刺激されて心を揺さぶられた上、SIT 狙撃班により射殺される。
* 国木田 美代子 - 杉田かおる
譲の母親。
* 国木田 隆明 - 二階堂智
譲の父親。写真家。海外で撮影した写真による受賞経験もあったが、家庭では暴君だった。譲が11歳のときに死亡。
* 国木田 文則 - 大江駿輔
譲の弟。幼くして父、隆明による虐待のため死亡。
* 岡林 重文 - 竹中直人
警視庁捜査一課・課長。CPS内でも白い目で見られる翔子のよき理解者だったが、記者会見で無意識ながら犯人を挑発してしまったため、妻子と共に襲撃・殺害される。
* 楡 - 中平良夫
警視庁関係者。
* プロファイリング演習の犯人役 - 小沢一敬(スピードワゴン)
* 伊野 充 - 佐藤詩音
* 本宮 - 鈴之助
警視庁が逮捕した男。
* アナウンサー - 竹内香苗(TBSアナウンサー)
Episode2
* 徳山 茂 - 塚地武雅(ドランクドラゴン)
板橋南署・生活安全課課員。久美子・絵里からストーカー被害の相談を受けていた。
* 田宮 清美 - 佐藤江梨子/少女期:咲良菜緒
久美子・絵里が通っていた美容院の美容師。自身が中学生、琴美が小学生の時に母親に捨てられ、姉妹だけで生きてきたが、恋人と婚約した琴美に、かつて男性と家を出た時の母親の姿が重なり、ずっと変わらないでいてほしいという気持ちから、4年前に吊り橋の上から琴美を突き落とし殺してしまう。その後、琴美にもう一度会いたいと面影を重ね合わせていた久美子と絵里を殺害し、徳山に罪を着せるため、板橋南署にストーカー被害を相談するふりをして接触していた。
* 田宮 琴美 - 松尾寧夏/幼少期:永井穂花
清美の妹。4年前に転落死。
* 大友 絵里 - 大村彩子
板橋女性ストーカー連続殺人事件の2人目の被害者。実は妊娠していた。
* 今岡 - 高橋努
絵里の恋人。
* 西野 久美子 - 諏訪井モニカ
板橋女性ストーカー連続殺人事件の1人目の被害者。
* 梶山 - 榊英雄
清美が勤務する美容院の店長。
* 杉並署・生活安全課課員 - 柏原収史
* 清美・琴美の母親 - 澤口夏奈子
清美・琴美を家に残したまま、交際していた男性と家を出て行った。
Episode3
* 三宅 隆史 - 片岡鶴太郎
監察医。寺田の恩師。
* 三宅 奈緒子 - 野崎萌香
隆史の娘。
* 中野正敏 - 大東俊介
茶臼岳でハイキング中に滑落して死んだ恋人・彩香を生き返らせたいという妄想に取りつかれ、独自の掟による復活の儀式に則って犯行に及ぶ。
* 武林弘一 - 長谷川朝晴
神奈川県警捜査一課・管理官。
* 松尾善雄 - 小木茂光
横浜港西署・刑事。
* 内村健一 - 森岡龍
横浜南病院・看護師。病院の入院患者のデータを外部に流出させていた。話を聞こうとした寺田から逃げ、病院の屋上から飛び降り、意識不明となる。
* 上原誠 - 恩田隆一
監察医。
* 神奈川県警・刑事部長 - 市村俊明
Episode4・5
* 巽 聡史 - 柳楽優弥
17歳で7人を殺した死刑囚。IQ140の高い知能を持つ。
スタッフ [編集]
* 脚本・原案:荒井修子
* 脚本:渡辺雄介、徳永友一
* 音楽:河野伸、羽岡佳、ナカムラヒロシ(i-dep)
* 音楽プロデューサー:志田博英
* プロファイル監修:桐生正幸(関西国際大学人間科学部人間心理学科教授)
* プロデュース:津留正明、渡辺良介(大映テレビ)
* 演出:平野俊一、山本剛義(ドリマックス・テレビジョン)、今井夏木
* 撮影:小松忠信、矢崎勝人
* CA:桑澤孝博、白川亮
* 映像:宇津野裕行
* 照明:大金康介、吉田慎太郎、小尾浩幸、浅子雅大
* 音声:和久井良治、猪狩香菜、矢川祐介、伊井祐一
* 編集:山口牧子、上野哲平、佐藤夕夏
* MA:宮崎匡宏
* 効果:谷口広紀
* 音楽コーディネーター:溝口大悟
* CG:田中浩征、青木貴則、木村健二、松山真浩
* タイトル:稲生諭
* 美術プロデューサー:小林民雄
* デザイン:YANG仁栄
* 美術制作:二見真史
* 装置:大森俊也
* 装飾:田村隆司、長房淳
* 建具:阿部英之
* 大道具操作:藤原孝三
* 植木装飾:兵頭二郎
* 電飾:今村和之
* 衣裳:小菅大也、齋藤睦美
* メイク:村田美代子、小澤久美子
* 特殊メイク:森田誠
* 持道具:高野緑
* 美術協力:
o HermanMiller、KDDI、ハヤミ工産、日立ソリューションズ、タチカワブラインド、ダイニチ工業、TOSHIBA、NEC、日本アバイア株式会社
o ジャックス インフォテック株式会社、docomo、KING JIM、Uniden、iCOM、OLYMPUS、株式会社ゼンリン
* 撮影協力:
o リライズガーデン西新井、野村不動産、横浜美術大学、東武鉄道、味の素スタジアム、ハリウッドビューティー専門学校
o GRAND PACIFIC LE DAIBA、ハウスメイト八王子店、ディアステージつくばフォレストテラス、亀戸ホルモン、国立市役所
* 協力:東通、緑山スタジオシティ、AVC、アックス、ファン、株式会社 日音、BULL、デジデリック
* 写真提供:日本野鳥の会
* 宣伝企画:秋山真人
* 番組宣伝:田中瑞穂
* スチール:蘭彩衣子
* インターネット:豊泉真由
* webデザイン:西山克保
* ライセンス事業:中谷弥生、小林美那子、田寺麻美
* モバイル:高山美咲、原由香里
* 編成:片山剛、宮尾毅
* 制作担当:碓井祐介、稲葉裕紀、斉藤勲、千葉耕蔵
* 制作進行:石田忠史、井上真美子
* 記録:田村寿美、井坂尚子、稲田麻由子
* 番組デスク:小澤通子
* アクションコーディネート:森崎えいじ
* 劇中スチール:江尻千世子
* 車輌:渡辺真教、富山信幸、中村聡、新井雅貴、齋藤智、本宮尚志
* 演出補:佐藤さやか、森裕史、坂上卓哉、長尾楽、高田知徳
* プロデュース補:森永恭朗、八木亜未
* 製作:TBS
主題歌 [編集]
* 柴咲コウ「無形スピリット」(ユニバーサルミュージック)
2011/01/24
愛とは何ですか? 愛は:ミナ。
私は私の最愛のミナ、美しい秋の日に会った。
私は約2年前に東京の友人を訪れていた。
私の友人の誕生日を祝って、ミナ、すね、マイひみつ:彼は、その日は友人のカップルとされた。
すぐに私が見たように、私は私の友人は、臓器のタケルメロディを提供してとき、私はそれを愛したと言うときに好きな、私は恋に落ちた。
私は、彼女は天使でなければ自分に言った...
私は東京で数日を過ごし、それを知らずしてください。
彼女は私の目には美しいなっていた。
彼らは私にさよならを言うに行ったとき、彼女は接触を保つために私に彼女の電子メールを与えた。一年後、私は大学に入るために移動し、私がミナに近いことが期待される。つまり、同じ都市で、です。
私たちは書店で偶然会ったとき、彼女は一日、私は心理学の本を選んでいたことが交響曲の音楽の本を買った。
彼は私が私の名前を発音するように見たことがなかった...私の心は、高速ビート。
それは、遅刻した日はまだ存在していた。あなたの家にエスコートをして、我々は不可能になるだろうと言った。
彼の家は本当に印象的でした。彼の父と母は社会的にそのレベルに到達する懸命に働いたと私は... ...それから、彼女は質問を確認されませんでした。
彼女は私が悲しそうな顔をしなかった理由を尋ねる。
そして、私はコメント。
私は、父が死亡していた私は母と私の兄と一緒に住んでいて、我々の経済レベルは、床、私の母はほとんどされたことを、私が供給する仕事と大学が良い成績と優れた動作ウォンことを彼に告げた。私は彼女を愛して、彼女が、私は比較できませんでした私は言った、私は本当にひどいと感じました。
その時、彼女は、2つの最も美しい手と被写体の顔と私は好きだと私の社会的地位を気にせず教えてくれました。
私が落ちたあの日はさらに大好きです。
彼女の家族になるまで約6ヵ月後に私達の愛のドライブだから私たちが発見されました。
彼の父は激怒した多かれ少なかれ、約3ヶ月間アウトさせて。
時間が経つにつれて私の心が粉々に引き裂かれた。
一日まで私の友人のすねは、私はそのような時間になりますというメッセージを受け取りました。
タキシードや靴に付属していると私はさんがあなたの最愛のを見てみましょう、と述べた。
私は私の友人を誓う、私の涙が誤ってきた。
私は変更して、私の心は、その攪拌出て行った。
バスが停止して、我々は円形劇場には、いくつかのブロックを歩いた。記号は、ピアノはミナ沢田であると述べた。
我々が行って、それがとても美しく見えた小さな星に似ている石で青いドレスを持っていた、近く我々はできる限り座っていた。髪はティアラを持っていた彼の顔が悲しかった...
私たちはすべて、積極的に拍手をして幕が閉じられた役割を終えるとき。
私の友人が私の腕を取って戻って廊下を走った。そして、私たちの目が会った。
本当に、私が言えば、それを上にサポートしていないと書き込むとキス。最も素晴らしい、それが私の責任ということでした。
その後、我々が今日知っているように、私たちを見て両親をせずに行った...
さて私の友人はこれで通過?隠れて、怖がって、すべての時間を必ず発見されて...それは悲しいことだが、私は彼女から逃げようとするたびに、私はもっと落ちる。
私が食べて母と彼の家族や作業時間に直面する専門家であるに努めています。
私は言った惑星間で親友の愛とは何ですか?
私は答えた... ...私の愛は私のものです。
Today my dear friends, I decided to tell my story.
I met my beloved Mina, a beautiful fall day.
I was visiting a friend in Tokyo about 2 years ago.
He, that day was with a couple of friends: Mina Sawada, Shinsō and Mía himitsu, celebrating the birthday of my friend.
As soon as I saw, I liked when I say I loved it when my friend offered takeru a melody on the organ, I fell in love.
I said to myself, she must be an angel ...
I spent a few days in Tokyo and go knowing it.
She was becoming more beautiful in my eyes.
When they went to say goodbye to me, she gave me her e-mail to keep in touch. A year later I moved to get into college, I expected to be near Mina. That is, in the same city.
When we met by chance at the bookstore, she bought a book of symphonic music that day and I was choosing a psychology book.
He had not seen so I pronounce my name ... my heart beat fast.
It was late, but the sun was still present. Escort you to your house and then told me that ours would be impossible.
His house was really impressive. His father and mother worked hard to get to that level to be social and I was not sure myself ... then she asked the question.
She asked why did I look sad.
And I comment.
I told him I lived with my mother and my brother, my father had died and that our economic level was almost on the floor, my mother and I work to feed and that the university won for good grades and excellent behavior. I told her I loved her but I could not compare, I really felt terrible.
At that time, she subject's face with the two most beautiful hands and told me that I liked and did not mind my social status.
That day I fell in love even more.
So our love drive about 6 months until her family discovered us.
His father was furious and not let out for more or less about 3 months.
My heart was torn to pieces as the hours passed.
Until one day my friend Shins received a message saying that I would look at such an hour.
Came with a tuxedo and shoes and I said, let's see your beloved.
I swear my friends, my tears came unintentionally.
I changed and went out, my heart was so agitated.
The bus stopped and we walked several blocks to an amphitheater. The sign said that the piano would be Mina Sawada.
We went and sat as close as we could, it looked so beautiful, had a blue dress with stones that resembled small stars. The hair had a tiara but his face was sad.
His solo piano was the most wonderful thing he had heard in my short life.
When I finish the role we all applauded vigorously and then the curtain was closed.
My friend took my arm and ran down the hall to the back. And our eyes met.
Truly, I say, not supporting it over and burn and kiss. The most fantastic was that it was my responsibility.
Then we went without their parents to see us and so that we know today ...
Okay my friends go through with this? Be hidden, scared all the time to be discovered ... it's sad, but every time I want to get away from her, I fall more.
I'm striving to be a professional to face his family and work time with my mother to eat.
A dear friend across the planet I said, What is love?
I answered ... the love for me is Mina.
I met my beloved Mina, a beautiful fall day.
I was visiting a friend in Tokyo about 2 years ago.
He, that day was with a couple of friends: Mina Sawada, Shinsō and Mía himitsu, celebrating the birthday of my friend.
As soon as I saw, I liked when I say I loved it when my friend offered takeru a melody on the organ, I fell in love.
I said to myself, she must be an angel ...
I spent a few days in Tokyo and go knowing it.
She was becoming more beautiful in my eyes.
When they went to say goodbye to me, she gave me her e-mail to keep in touch. A year later I moved to get into college, I expected to be near Mina. That is, in the same city.
When we met by chance at the bookstore, she bought a book of symphonic music that day and I was choosing a psychology book.
He had not seen so I pronounce my name ... my heart beat fast.
It was late, but the sun was still present. Escort you to your house and then told me that ours would be impossible.
His house was really impressive. His father and mother worked hard to get to that level to be social and I was not sure myself ... then she asked the question.
She asked why did I look sad.
And I comment.
I told him I lived with my mother and my brother, my father had died and that our economic level was almost on the floor, my mother and I work to feed and that the university won for good grades and excellent behavior. I told her I loved her but I could not compare, I really felt terrible.
At that time, she subject's face with the two most beautiful hands and told me that I liked and did not mind my social status.
That day I fell in love even more.
So our love drive about 6 months until her family discovered us.
His father was furious and not let out for more or less about 3 months.
My heart was torn to pieces as the hours passed.
Until one day my friend Shins received a message saying that I would look at such an hour.
Came with a tuxedo and shoes and I said, let's see your beloved.
I swear my friends, my tears came unintentionally.
I changed and went out, my heart was so agitated.
The bus stopped and we walked several blocks to an amphitheater. The sign said that the piano would be Mina Sawada.
We went and sat as close as we could, it looked so beautiful, had a blue dress with stones that resembled small stars. The hair had a tiara but his face was sad.
His solo piano was the most wonderful thing he had heard in my short life.
When I finish the role we all applauded vigorously and then the curtain was closed.
My friend took my arm and ran down the hall to the back. And our eyes met.
Truly, I say, not supporting it over and burn and kiss. The most fantastic was that it was my responsibility.
Then we went without their parents to see us and so that we know today ...
Okay my friends go through with this? Be hidden, scared all the time to be discovered ... it's sad, but every time I want to get away from her, I fall more.
I'm striving to be a professional to face his family and work time with my mother to eat.
A dear friend across the planet I said, What is love?
I answered ... the love for me is Mina.
Hoy mis queridos amigos, he decidido contarles mi historia.
Yo conocí a mi amada Mina, un hermoso día de otoño.
Yo visitaba a un amigo en la ciudad de Tokio hace 2 años aproximadamente.
Él, ese día estaba con un par de amigos: Mina, Shinsō y Mía himitsu, festejaban el cumpleaños de mi amigo.
En cuanto la vi, me gusto mucho, cuando hablo me encanto, cuando le ofreció a mi amigo takeru una melodía en el órgano, me enamore.
Me dije a mi mismo, ella debe ser un ángel…
Estuve unos días en Tokio y la pase conociéndola.
Ella era cada vez más maravillosa ante mis ojos.
Cuando fueron a despedirse de mí, ella me dio su e-mail para que sigamos en contacto. Un año más tarde me mude para ingresar a la universidad, no me esperaba que fuera cerca de Mina. Es decir, en la misma ciudad.
Cuando nos encontramos por casualidad en la librería, ella compraba un libro de música sinfónica y yo ese día estaba eligiendo un libro de psicología.
No la había visto hasta que pronuncio mi nombre… mi corazón pálpito rápidamente.
Era tarde, pero el sol aun estaba presente. La acompañe a su casa y en ese momento me dije que lo nuestro sería imposible.
Su casa en verdad era imponente. Su padre y su madre trabajaron duramente para conseguir estar a ese nivel social y no me sentía seguro de mi mismo… entonces ella hizo la pregunta.
Ella me pregunto porque tenía yo aspecto de estar triste.
Y se lo comente.
Le dije que vivía con mi madre y mi hermano, que mi padre había fallecido y que nuestro nivel económico estaba casi por el suelo, que mi madre y yo trabajamos para alimentarnos y que la universidad la gane por buenas calificaciones y excelente conducta. Le dije que estaba enamorado de ella pero que no me podía comparar, en verdad me sentí muy mal.
En ese momento, ella me sujeto la cara con las dos más hermosas manos y me dijo que yo también le gustaba, y que no le importaba mi situación social.
Ese día, me enamore aun más.
Así duro nuestro amor unos 6 meses hasta que su familia nos descubrió.
Su padre se enfureció y no la dejo salir por mas o menos unos 3 meses.
Mi corazón se partía en mil pedazos conforme pasaban las horas.
Hasta que un día recibí de mi amigo Shinsō un mensaje diciendo que me pasaría a buscar a tal hora.
Llego con un traje de gala y unos zapatos y me dijo, vamos a ver a tu amada.
Les juro amigos míos, que mis lágrimas brotaron sin intención.
Me cambie y salimos, mi corazón estaba tan agitado.
El autobús se detuvo y caminamos varias cuadras hasta un anfiteatro. En el cartel decía que en el piano estaría Mina Sawada.
Entramos y nos sentamos lo más cerca que pudimos, se veía tan hermosa, tenía un vestido azul con piedras que asemejaban a pequeñas estrellas. En el pelo tenía una diadema pero su cara era triste.
Su solo de piano fue lo más maravilloso que había escuchado en toda mi corta vida.
Cuando termino la función todos aplaudimos con fuerza y luego el telón se cerró.
Mi amigo me tomo del brazo y corrimos por el pasillo hasta la parte de atrás. Y nuestras miradas se encontraron.
En verdad les digo, que no lo soporte más y la abrase y bese. Lo más fantástico fue que ella me correspondió.
Luego nos fuimos sin que sus padres nos vieran y así hasta los días de hoy…
Amigos míos ¿está bien seguir con esto? Estar ocultos, con miedo todo el tiempo a ser descubiertos… es triste, pero cada vez que quiero alejarme de ella, me enamoro mucho más.
Estoy luchando para ser un profesional, para poder enfrentarme a su familia y a la vez trabajo junto con mi madre para poder comer.
Una Amiga muy querida del otro lado del planeta me dijo ¿Qué es el amor?
Yo le conteste… el amor para mi es Mina.
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